ドージコインがいまだに好調な理由──人気に潜むパラドックス【後編】

月日は流れて2020年の夏。「ドージコインに投資して、俺をリッチにしてくれ」とティックトック(TikTok)に投稿したのは、@karimhemdan12T。

ドージ(DOGE)価格を吊り上げようとする多くのティックトック・インフルエンサーの1人だった。価格は一時的に2倍になったが、ティックトックでの後押しを受けた後も、ドージコインの価格は2021年1月時点で、1セントにも満たなかった。

ドージコインがいまだに好調な理由──バカらしさで魅了した黎明期【前編】

インターネットの思いがけない場から、突然関心が寄せられなければ、ドージコインは暗号資産の世界の隅っこを漂う存在になったかもしれない。レディットの株取引サブチャンネル「WallStreetBets」の暗号資産版「Satoshi Streetbets」だ。

掲示板レディットが火をつける

「ドージコインを持っているみんな、upvote(賛成票)をクリックしてトップページに持っていこう」と、あるユーザーが投稿。「レートは私たちが決める。ドージコインを10ドルまで高めよう」

WallStreetBetsが米ゲームストップの株価を吊り上げたのと同じように、新しいドージコイン保有者やSatoshi Streetbetsのユーザーたちは、ドージ価格を高騰させると誓った。

途上国に住んでいるために、レートが「毎日毎日、痛手となる」と投稿したユーザーのDeathEater101。彼はドージ価格が1ドルになったら、「その75%を地元の孤児院に寄付して、領収書をここでシェアする。残りは、こんなばか息子を育ててしまった僕の母親に。母が来世ではもっと恵まれますように。ドージを月まで届くほど高騰させよう」と語った。

価格は急騰し、新しい人たちがドージに飛びついた。価格はさらに高騰し、さらに新しい人たちを惹きつけた。この好循環が続いた。

イーロン・マスク氏の登場

そして遂に、最も影響力のあるドージファンの登場だ。

なぜドージに突然関心が集まったのか?ドージコインのサブチャンネルに投稿を行う、レディットユーザーのCryptoNoobに聞いてみた。

「イーロン・マスクのおかげと言わなければならないだろう」と、彼は語る。「彼がツイートするたびに、価格が上がる。(中略)だから僕も、便乗して金儲けしようと思ったんだ。それから数週間たったが、ドージコインが生み出したコミュニティが本当に好きになっている。長く付き合うことになるだろう」

CryptoNoobはドージコインを心から信じており、5月18日にはレディットに「先週仕事を失った。ドージコインをお金に換えてしまえば、だいぶ不安を解消できるだろう。でも、絶対に売ったりはしない」と投稿した。(ドージファンコミュニティの名誉のために言っておくと、彼らの多くが、本当にお金が必要ならドージを売るようにと勧めた)

「自分の子供時代の写真を見つけた」
『1980年:自分が熱中しているものはみんなには隠しておかないと。じゃないと社会から仲間外れにされてしまう』

マスク氏によるドージコイン支持は、非常に奇妙なドージコインの世界における展開の中でも、特に奇妙なものの1つだ。なぜ彼は、他の「真面目な」コインではなく、ドージコインに入れ込んでいるのか?

5月24日に彼がツイートした通り、「ドージには犬とミームが付いてくる。他のものにはない」からかもしれない。マスク氏のドージに関するツイートでビットコインマイニングの電力を賄えたら、エネルギー危機は解消できるくらいだ。すべて把握するのは不可能なほど、たくさんあるのだ。

「ドージコインのCEO」と冗談を言い、ドージを燃料に月まで人工衛星を飛ばしたいと宣言。もちろん、最も有名なのは、ビットコインを長期保有している人たちが見捨てられたと感じて、心を痛めた次の発言だ。「ドージ開発者と協力して、システムのトランザクション効率を向上させようとしている。期待できる」

どうやらこれは、口先だけではないようだ。ドージ開発者のロス・ニコール(Ross Nicoll)がウェブメディア「Decrypto」に語った通り、マスク氏は時折、ドージコイン開発者チームに「慌ただしく作業」をさせるようなメッセージを送っている。ニコール氏は、「マスク氏がトランザクション・スループットを改善させたと言える」と語った。

ある意味では、マスク氏とドージが仲良しな理由は分かりやすい。マスク氏はふざけたユーモアが大好きだ。彼はミームを大量に送り出し、テスラの声明では、コメディ映画『スペースボール』を引き合いに出し、トンネルを掘削する自らの会社は「ザ・ボーリング(掘削と退屈を意味する)・カンパニー」と呼ぶ。

例えばビル・ゲイツ氏よりも、ドージにはマスク氏の方が文化的にしっくりくるだろう。多くのドージコインファンは彼を歓迎している。「彼は何が起こっているのかを理解している、あるいは理解したいと考えている人だ」と、GoodShibe。「少なくとも、ドージコインが象徴している考えに彼は惹かれているんだと思う」

マスク氏に対する複雑な思い

ドージファンの中には、マスク氏が先頭に立っていることに大喜びしている人たちもいる。「イーロン・マスクは、ドージコインを自分の会社の1つのように扱っているみたいだ」と、ドージファンの@itsAllRiskyはツイートした。

「積極的にドージを売り込み、コミュニティと関わり、自分のエンジニアリングとリーダーシップの優れた腕前をドージの発展に貢献するために使っている。イーロンが『ドージのCEO』でいてくれれば、私たちは安泰だ!」

これにはマスク氏本人が、お決まり通り、わずか数時間後に返信した。「ドージコインには正式な組織はないこと、誰も私の部下ではないことを覚えていて欲しい。私が行動を起こせる範囲は限られている」

ドージの生みの親の1人であるビリー・マーカス(Billy Markus)氏は、マスク氏の関与を構わないと思っている。「バカらしさを楽しんでいるようだ」と、マーカス氏は述べ、ドージが「ジョークから生まれて、世界に大きな影響をもたらす可能性を持つもの」へと進化したことを、マスク氏が評価しているのだと考えている。

ゲリー・ラチャンス氏も同じ意見だ。「彼は分かっている」と、ラチャンス氏。彼特有のゆっくりとした声で語りながら、マスク氏も自分と同じような喋り方をすることを指摘。「実際に会ったら、すごく良い友達になれると思う」

 しかし、ドージにリーダーは必要なのか?ラチャンス氏は親マスク派だが、1人の人物が、それが誰であれ、出しゃばって、ドージそのものの精神が二の次になってしまうことを心配している。

「ドージパパ」といったあだ名はラチャンス氏を不安にさせる。「ドージが最優先だ」と、ラチャンス氏。「『宗教』という言葉は使いたくないが、私たちはドージを解釈しているだけだ。私がドージを代弁することはできないが、私の解釈では、バカらしさと善意、そしてコミュニティを呼び起こす素晴らしい化身なのだ。私はドージの味方だ」

一方、ピンギーノ氏は、マスク氏について葛藤を感じているようだ。「複雑な心境だわ」と、長い沈黙の後に彼女は語った。コミュニティのメンバーの多くが、彼を尊敬し、心酔していると、彼女は話す。

それでも。「誰かが暗号資産を、ツイート1つで暴落させることができるというのは良くない気がする」と続けた。「高騰させる力を持つと言うことは、急落させる力も持つということ」

結局のところ、「マスク氏があまり関わらない方が、ドージにとってはたぶん良いと思う」と結論づけた。

昔とは違うドージコイン保有者

2021年が始まる前、レディット上のドージコインのサブチャンネルのメンバーは約10万人だったと、マーカス氏は語る。

今、その数は200万人だ。

チップボットや「DogeRain」アプリで楽しんでいた、お気楽な人たちとは雰囲気が異なっている。新規参入者の大半はお金儲けが目当てだと、マーカス氏は認めるが、それでもポジティブな雰囲気には希望を感じている。

「最近では、コミュニティは暗号資産の新人がたどるすべての段階を経験している感じがする」とマーカス氏。

第1段階は「価値の高まりの可能性に心酔する」。それから「その分野に関心を持ち、さらに詳しく勉強する」。そして最後に、「愛着を感じられるより大きな理念を見つけようとする」

最近加わってきたドージファンの一部が、より多くの業者や、アメリカがん協会のような慈善団体にドージコインを受け入れるように働きかけていることを、マーカス氏は好ましく思っている。

反対派の意見も見ていこう。「ここ1年でドージに関わるようになった人の90%は、ボタンを押して、チャートを見ているだけだ」と、初期の頃から関わっているドージ・ドーは語る。「チップを払うこともなければ、支払いに使うこともない。暗号資産について勉強もしていない。株のように、ただ投資しているだけなんだ」

彼は、昔の輝かしき時代、ドージ価格が1セントにもまったく満たなかった頃に、ドージコミュニティがアフリカでの井戸建設のために3万ドルを集めたことを引き合いに出した。そして今、価格が高騰してからは?「関与している人の大半が、『毎日善き行いをする』というドージの精神に心から傾倒していれば、素晴らしいことが起こりまくっているはずだ」

ピンギーノ氏、GoodShibe、ラチャンス氏は皆、昔のように与えて幸せという雰囲気ではないことは認めながらも、新たなドージコイン保有者に対してもっと明るい展望を持っている。

「今ドージと出会っている人たちにとってはもちろん、金銭的な側面が魅力的なのだろうが、楽しさの側面もある」と、GoodShibeは指摘する。彼のコメントは確かに的を射ている。

雰囲気はおおむね、「月まで高騰させよう!わー!すごい!」という感じだが、レディットやツイッター上のドージコミュニティには、間違いなく楽しさがあふれている。

新しいミームが毎秒のように生まれる。宇宙服を着たり、ランボルギーニに乗ったり、美容院でくつろぐドージの笑顔が、あらゆるところにあふれている。そして私は、ドージの穏やかな顔を見れば見るほど、何か新しいものが見えてくるというラチャンス氏の言葉を理解し始めている自分に驚いている。現代のモナ・リザになれないはずがないだろう?

投機心丸出しの投稿にさえも、ユーモアがあふれている。「ドージコインを少し買って、4分ごとにその価格をチェックすることを3カ月続けたら、経済的に自立できる。それだけが望みだ」と、あるドージコインファンはつぶやく。

そして今でも、昔の寛容な分け与えの精神の名残りを見ることはできる。あるユーザーは、「私の友達に祈りを。(中略)彼は鼻の腫瘍の治療中で、放射線治療の準備のための検査を受けることになっている。みんなの優しいエネルギーを彼に送って」と頼んだ。「小綺麗になって里親が見つかるように、保護施設の犬に蝶ネクタイを作ってあげる子供」についての投稿など、希望にあふれた話も見られる。

ドージ・パラドックス

多くのドージコイン保有者は、ミームと投機にとどまらないもっと壮大な希望をコインに託している。マスク氏だけではなく、このプロジェクトをもっと真剣に捉えている人たちもいる。

例えば、米プロバスケチーム、ダラス・マーベリックスのグッズやチケットを買うのに、ドージコインが使える。これには、一見するよりも意義があるかもしれない。

マーベリックスのオーナーで著名投資家のマーク・キューバン(Mark Cuban)氏は2019年、ファンがビットコイン(BTC)でチケットを買えるように実験を始めたが、大失敗に終わった。「どれくらいの人が、通貨として使いたがっているか見てみたかった。ほとんどゼロだった」と、キューバン氏は今年1月に語った。

ではなぜ今、ドージコインで同じことを試しているのか?「その人気とPR的な価値のためだ」とキューバン氏は述べる。「コミュニティは素晴らしいし、とても力強く、ドージに献身的だ。始める場所としては、明らかなチョイスだった」

キューバン氏の見方では、「ビットコインの長期保有者はグッズやチケットに手持ちのビットコインを使うことは決してないだろう。価格が10倍になると思っているのに、支払いに使ってしまうのは彼らにとって愚かなことなんだ」

対照的にドージ保有者は、「支払いに使うことはコミュニティを支えることになる」と考えており、「ドージがより有用性を持てば、より多くの業者が受け付けるようになり、ドージはより拡大するということを、彼らは認識している」と、キューバン氏は考えているようだ。

それは本当かも知れない。しかし、尽きることのないチップや分け与え、ふざけたばらまきが初期の頃より少ないのも本当だろう。ペーパーウォレットを配っている人は誰もいない。チップボットも昔のものだ。ドージコインを長期保有して、1ドルを超えることを願っているなら、使ってしまうのは理にかなわないからだ。

例えばGoodShibeは、ドージコインで買える電子書籍を売り始めていた。初期には少し売れた。人々はドージで支払っていたのだ。しかし、販売開始からひと月後に、ドージ価格が高騰。「それ以来、一冊も売れていない」と彼は語る。

皮肉なことに、ドージは現在、ビットコインを長く悩ませたパラドックスに苦しんでいる。ドージの価値が高まれば高まるほど、人々は使いたがらなくなる。チップ、分け与え、ばらまきなど、ドージの使いやすさと楽しさが、多くのドージコインファンを惹きつけたそもそもの要因なのだ。しかしドージは、自らの成功の犠牲になるかもしれない。

「パーティーしよう」(ゲリー・ラチャン氏提供)

私はこれを、「ワン・ダイレクションのパラドックス」と呼んでいる。バンド「ワン・ダイレクション」の楽曲『You don’t know you’re beautiful(あなたは自分の美しさを知らない)』を題材にした、コメディアンのスティーヴン・コルベアのジョークがもとになっている。

一度もこの曲を聴いたことのない幸運な人のために、歌詞を紹介しよう。「あなたは自分の美しさを知らない。だからあなたは美しい」

コルベアが指摘した通り、「この歌詞は驚くほど複雑だ。バンドは『あなたは自分の美しさを知らない。だからあなたは美しい』と言っているが、たった今彼女に、あなたは美しいと告げたんだ。つまり彼女はそのことを知っているのだから、彼女はもう美しくはない」

ドージのパラドックスだ。ドージを使うことの喜びが、その魅力の1つだったのに、いまや価値が出て、使うことはあまり喜ばしくなくなってしまった。

ドージ精神の強み

しかし、それでもいいのかもしれない。ラチャンス氏は、ドージコインに対する批判を認識している。ドージが何らかの理由で失敗に終わったら、暗号資産業界全体を傷つけ、他のブロックチェーンプロジェクト、特にビットコインを脅かす可能性もあることを。

「それは理解できる」とラチャンス氏。「ビットコイナーの多くは善意を持っている」。しかし、ラチャンス氏によれば、ドージコミュニティの精神とエネルギーは、どんなテクノロジーよりも力強い。ネットワーク効果は本物だ。ブランドは大切だ。そして雰囲気さえも、重要なのだ。

「暗号資産はすべて、オープンソースだ」とラチャンス氏は続ける。ドージよりも魅力的な技術的特徴を持つコインがあったら?心配無用。

「そんな要素を全部、ドージに注ぎ込めば良いんだ。ドージのブランドは最も愛されている。ライトコインとドージコインのどっちを持ちたい?どっちがより楽しい?」

たいていの人は、ノードにハッシュレート、ブロックサイズより、ミーム、犬、ジョークについて語り合うことを楽しむ。それくらい単純なことなのかもしれない。

「ジョークとして誕生した。それが魅力なんだ」とラチャンス氏。「しかし、600億ドル(ドージコインの最近の時価総額)は冗談ではない。それだけ多くの人が、ドージコインに関わりたいと投資しているんだ」

結局のところ、ラチャンス氏にとっては、「ドージの教え」の方がお金より大切だ。遊び心、皆を受け入れる懐の深さ、善意、受容、そしてバカらしさを尊重すること。

ラチャンス氏に、ドージの教えを1文で要約してくれるよう頼んだ。彼は一呼吸置き、考え、言葉を丁寧に選んだ。

「バカらしさは敬虔さに次ぐ」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:‘Silliness Is Next to Godliness’: Why Doge Still Thrives