カニエ・ウェストがNFTにノーを突きつけた理由【オピニオン】

ラッパーのカニエ・ウェストは今月、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)を作るよう頼んでくるのはやめてくれと、世間に言い放った。紙切れの上に、黒いインクで手書きされた彼の言葉を見ると、何だかスッキリとした気持ちにさせられた。

「リアルな世界で、リアルなものを生み出すことに俺は集中する」と宣言したのだ。

手書きの言葉も、その写真に添えられた言葉も、すべて大文字で綴られ、まるで激しい怒りが爆発している様子を伝えるようだった。この投稿からは、エージェントにプロモーター、企業やファンから、NFTプロジェクトを立ち上げたり、宣伝するように依頼する声が、カニエ・ウェストに殺到していたことがわかる。

多くの有名人が、おそらく報酬をもらって空虚にNFTを推薦していることを考えれば、カニエ・ウェストの元にも、NFTの新興市場に参入するよう求める声が多く届いていたはずだ。今回の彼の投稿がとりわけ爽快なのは、このような背景があるからだ。ほとんど何も知らず、興味もない暗号資産(仮想通貨)プロダクトを宣伝する、多くの有名人とは対照的である。

暗号資産について教育を受け、理路整然と話ができ、ウェブ3の可能性に心から情熱を傾けているように見えるスターでさえも、NFTと「実世界」を結びつけることに苦戦している。

例えば、パリス・ヒルトンだ。彼女が人気トーク番組『ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジミー・ファロン』に登場し、Bored ApeのNFTを披露する場面は、そのNFTの「クールさ」について自慢する彼女の不自然で不誠実な様子が話題となり、大いに拡散された。

しかし、私にとって印象的だったのは、彼女が以前に同じ番組に出演した時だった。彼女は司会のジミーと視聴者に対し、NFTについて非常に理性的で、レベルの高い説明をした。「ノン・ファンジブル・トークンとはつまり、ブロックチェーン上にあるデジタルコントラクトだから、アートから音楽、体験から実際に存在するモノまで、あらゆるものを売ることができるの」と。

彼女の説明に問題点は見つからない。あまり具体的ではないが、まさに一般国民の代表、とでも言うべき視聴者に対して説明している。暗号資産の世界で働いてきた長い月日の間に、私も多くの懐疑的な友達に、似たような説明を繰り返してきた。

彼らが、様々な表現を使って常に私に対して言い返す内容は、もっともなものだ。「実世界で何の意味を持つの?」と。残念なことに現在、実際に存在するアイテムのデジタル版をNFTとして作ることに、実用性はほとんどない。

「リアルな世界でリアルなプロダクトを作ることに集中している。リアルな食べ物。リアルな洋服。リアルな住処。俺にNFTをやれと頼むのは止めてくれ。また後ほど聞いてくれ」と書かれた、カニエ・ウェストがインスタグラムに投稿したメモ

空に浮かぶ城?

懐疑的ではない人でさえも、生活の糧をこの実験的業界に賭けた人でさえも、まるで別の惑星に住んでいるという自覚を表明するかのように、「実世界」との対照として暗号資産やウェブ3について語ることは一般的だ。

「実世界の資産」に対するトークンやNFT。「実世界の金融」とは対照的なDeFiアプリケーション、と言った具合だ。私たちは皆、実世界にリアルなプロダクトを届けられていない。カニエ・ウェストは正しいのだ。

暗号資産アプリケーションに対してよくある批判の1つは、自己完結的だ、というものだ。とりわけDeFiには、このような側面がある。手持ちのトークンをステーキングすると、利回りが稼げて、それを別のトークンのデリバティブの証拠金としてトレーディングできる、といったように。

ある意味これは、すばらしい偉業だ。実世界とはほぼ完全に分離された、おおむね機能的な独立した金融システムを、業界として作り上げたのだから。

一方で、暗号資産自体が1つの世界を作り上げでいるという事実は、はかなさも生むことになる。すべては集団的幻想であり、最初の1人が目を覚ませば、すべては霧散してしまうかのようだ。

暗号資産は、空中に城を築いてしまった。非常に複雑で魅力的で洗練された城だが、今のところ、大地とつなげる基盤が存在しない。

インスタグラムに投稿されたカニエ・ウェストのメッセージには、最後に「また後ほど声をかけてくれ」と書かれている。まるで私たちに対して、城の基盤を築いて、NFTやウェブ3が実世界にとって意味のあるものにするチャンスを与えてくれているようだ。もしかしたらいつの日か、彼をはじめとする多くの人たちが、NFTに興味を示してくれるかもしれない。

インフラの構築が課題

私たちは業界全体として、行動を求めるカニエ・ウェストからの呼びかけに応えられるだろうか?暗号資産を実世界に意味あるものにするとは、何を意味するのだろうか?その答えは、一般への普及につながる適切なインフラ構築にあると、私は考えている。

現状では、初期段階のウェブ3アプリケーションを支えるレイヤー1およびレイヤー2テクノロジーには、あまりにも欠陥があり過ぎて、多くの潜在的消費者や参加者が使えないものになっている。

イーサリアムでの取引手数料はしばしば、数百ドル単位まで膨れ上がる。レイヤー2のスケーリングシステムは、出金の遅れに関して問題を抱えている。より拡張的なレイヤー1プロトコルは、稼働時間の維持に苦戦している。

既存のスマートコントラクトプラットフォームは、限られた程度のプライバシーしか保証していない。最もユーザーフレンドリーなウォレットでさえも、秘密鍵のカストディのコンセプトにほとんど馴染みのないユーザーにとっては、困難が生じる。

現在開発の基盤となっているプラットフォームを、あらゆるユーザーや、実世界につながるものを含めたユースケースに対応する状態に持っていくだけでも、やるべきことがあまりに多く残されている。

現在、暗号資産のユースケースが限られている理由の1つは、その基盤となっているインフラが、制約を持ち続けているからだ。

サークル(Circle)やアーベ(Aave)などの企業に協力してきたプロダクト開発者のオキキ・ファムティミ(Okiki Famutimi)氏は数年前、「ポストスレッショルド企業(post-threshold companies)」について書いていた。これは、メインストリームへの普及が実現した後の時点のために、プロダクトを開発している企業のことだ。

暗号資産の世界には、メイストリームへの普及が実現するかまだ分からないのに、メインストリームへの普及がいつかはやってくる前提で、プロダクトを開発をしている企業が多くあると、彼は指摘した。

このような気の早い企業は、多くの盛り上がりや騒ぎを生み出して本質から気を逸らせ、懐疑的な人たちは、まだしっかりとしていない基盤の上に築かれたそれらのプロダクトが、実世界にどんな価値をもたらすのかを疑問に思ってしまう可能性があるのだ。

メインストリームでの即時的な実用性をあまり気にしていない人にとっては、NFTや分散型取引所、自律分散型組織(DAO)といった新興のプロダクトは、未来を垣間見せてくれるものだ。

インフラがより優れたユーザーエクスペリエンスとオンボーディング、より安価な取引をサポートし、相応のプライバシーを保証してくれたとすれば、はるか向こうに、芸術、音楽、金融、ガバナンス、集団的アクションの未来が見えてくるかもしれない。

デヴィッド・ボウイが見たインターネットの未来

これらが実際どのように展開するかに関する業界側からの説明は、『ザ・トゥナイト・ショー』でのパリス・ヒルトンのように、少しごまかしたようなものになってしまっているかもしれない。

彼女の説明は、新しいテクノロジーを壮大に説明してみせた別の有名人を思い起こさせる。デヴィッド・ボウイだ。彼は1999年、BBCとのインタビューの中で、インターネットを「地球外生命体」と呼んだ。インタビュアーは、懐疑的に目を細めていた。

「コンテンツの文脈や状態は、現在想像できるどんなものともまったく異なる。ユーザーとコンテンツ提供者は相互に極めて親密にやり取りするようになり、メディアが何であるかという私たちの概念を、完全に壊してしまうだろう」と、デヴィッド・ボウイは語った。

もちろんその時点では、インターネットという地球外生命体が、それが約束するような形でどのように私たちの世界に影響を与えるのかを正確に想像するのは、ほとんどの人にとって困難だった。

デヴィッド・ボウイがその先見の明を発揮してから20年の間に、インターネットは私たちの多くにとって、知的、そして私たちが感情的に時間を過ごすリアルな世界となった。

リアルな世界のプロダクトに力を入れることについてのメッセージを広めるために、カニエ・ウェストがインスタグラムを使って、手書きのメモの写真を投稿したことは、覚えておくに値する。

この投稿をスクリーンショットして、NFTを作った人がまだいないとしたら、私には驚きだ。そのNFTが、インスタグラムの投稿そのものと同じくらいリアルと捉えられる日がすぐにでもやって来ないなんて、誰に言えるだろうか?

ジル・ガンター(Jill Gunter)は、初期段階の暗号資産・ウェブ3プロジェクトに投資するスロー・ベンチャーズ(Slow Ventures)に務める、CoinDeskのコラムニスト。無料で開かれた金融システムへの権利を保障するために取り組むNPO、オープン・マネー・イニシアティブ(Open Money Initiative)の共同発起人でもある。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Kanye West, NFTs and ‘Building Real Products in the Real World’