暗号資産界のビリオネアで、取引サービス事業をグローバルに拡大してきたFTXのCEO、サム・バンクマン-フリード(Sam Bankman-Fried)氏が、いよいよ日本市場に照準を合わせた。
FTXはLiquid Groupの買収を通じてFTX Japanを設立し、暗号資産交換事業を本格化。当面、Liquidがこれまで運営してきた取引プラットフォームと、FTX Japanの新たな取引基盤の双方を展開させるが、今後数カ月でFTX Japanに統合させる方針だ。
トレーダーにとって使いやすい取引プラットフォームの開発を徹底することで、ユーザー数を急増させてきたFTXは、日本市場においても同社が得意とするデリバティブ取引サービスなどの拡充を図っていくという。
暗号資産やグロース株などのリスク資産が世界的に値下がりする局面でのスタートとなったが、FTX Japanに勝算はあるのか?同社COO(最高執行責任者)を務めるセス・メラメド(Seth Melamed)氏に日本戦略を聞いた。
FTXの強み:デリバティブ
──日本には暗号資産交換業者が30近く存在する。FTX Japanが発揮する強みとは何か?
セス氏:FTX Japanをローンチさせる上で前提の1つとなるのは、暗号資産市場におけるデリバティブ取引の拡大だ。これはサム(サム・バンクマン-フリード)と私が特にフォーカスしているもので、日本市場ではデリバティブ商品の開発において成長の余地が十分にあると考えている。
日本では既に暗号資産のCFDサービスを利用できるが、FTXがこれまでグローバルに展開してきたサービスの1つはパーペチュアル取引。ユーザーにとってレバレッジの効くデリバティブ取引で、グローバル市場での需要は非常に強い。
CFD(差金決済):証券会社などの取引業者に証拠金(担保)を預けて、実際に原資産(株式など)に投資するのではなく、原資産の価格や指数を参照して買値と売値の差損益部分を決済する金融商品(大和証券より)。
パーペチュアル取引(Perpetuals):2016年頃に始まったデリバティブ取引の一種で、海外の暗号資産市場において取引量は増加した。先物取引に似ているが、先物取引は、本来定められた期日(満期日)に特定の資産を予め決められた価格で売買することを約束する取引。一方、パーペチュアル取引に満期日はない。
先物市場では、ユーザーは満期日が近づく度にポジション(ロングまたはショート)を再度確立する必要があるが、パーペチュアル取引では、取引所がインデックス価格を現物のスポット価格に連動させる「ファンディング・レート・メカニズム(Funding Rate Mechanism)」と呼ばれる仕組みを提供する。
この仕組みにより、パーペチュアル取引のショートポジションとロングポジションのバランスを維持することが可能となる。
セス氏:トレーダーのUXを重視したデリバティブ商品を、日本の多くのユーザーにも経験してほしい。
また、FTXが持つグローバルスケールの流動性を日本のユーザーに提供できることは、FTX Japanの最大の強みの1つになるだろう。スリッページ(取引の不履行)の程度や起こる頻度は劇的に低下する。
手数料とスプレッド
──本格的なトレーダーにとってはデリバティブ取引は魅力の1つだろうが、一般の個人ユーザーがFTX Japanを利用する上でのアドバンテージは何か?
セス氏:日本円の入出金をシンプルに設計したことは、キーポイントになるだろう。手数料を課すこともしない。
また、我々の販売所取引では、他の国内の取引所と比べても1、2を競う狭い水準のスプレッド(買う時と売る時に発生する価格差)で暗号資産の売買ができる。暗号資産同士の交換も低スプレッドで取引可能だ。個人投資家が使いやすい取引サービスの確立を徹底していきたい。
販売所取引(売買)とは:FTX Japanなどの交換業者が相対となる暗号資産の取引を販売所取引と呼び、客同士が行う取引は取引所取引(売買)という。
──日本でも、機関投資家による暗号資産市場への参入を見据えた動きが見られるようになってきた。FTX Japanは中長期的にどう考えているか?
セス氏:例えば、デジタル資産の取引所が(機関投資家に対して)カストディアルサービスを提供することは可能だ。我々の直近のロードマップに記載されるような計画は、現時点ではないが、日本の金融界の動きを注視していきたい。
将来的には、日本の金融機関とのパートナーシップは可能性としてはあるだろうと考えている。
2021年の大規模ハッキング
──Liquidの子会社であるQuoineは、昨年8月に大規模なハッキングの被害を受けた。FTXがLiquidを買収したことで、セキュリティはどれほど改善されたか?
セス氏:FTXのセキュリティインフラをフル活用しながら、FTXのプラットフォームに移行する大きなプロジェクトを進めている。
世界最大級かつ、信頼性の高さで評価の高い暗号資産取引所が開発してきた技術やインフラは、日本のユーザーに安心できる安全な取引体験を提供できると思う。
現在、我々は一時的に2つのプラットフォームを運営していることになる。1つが「Liquid by FTX」、もう1つが「FTX Japan」。今後数カ月で、LiquidのユーザーはFTX Japanに移行し、今夏の終わりにはFTX Japanへの統合は完了するだろう。
バンクマン-フリード氏との緊急電話会議
──昨年のハッキングでは、多額の資産が不正流出した。その直後、サム・バンクマン-フリード氏はLiquidに対して1億2000万ドルの緊急融資を行った。協議はどう進んでいったのか?
セス氏:およそ9500万ドル相当の暗号資産が不正に流出した。事件後、私はすぐにサムに電話をかけた。
何が起こったかを説明し、我々の企業が直面していた現実を話した。サムは極めて短い時間の中で、我々に対する緊急融資を決断した。ほとんど即決だった。
当時、時間が経てば、我々の顧客は大きな損失を被ることになっただろう。サムは正式な本契約を締結する前に、緊急支援を行ってくれた。その後、戦略的パートナーシップを結び、FTXによるLiquidの買収に至った。
サムは、FTXを設立する前に、アラメダ・リサーチ(Alameda Research)社を起業しているが、私はその頃にサムと出会った。アラメダを通じて、Liquidを使って取引をしていたのだ。
アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、それにアフリカ。FTXはグローバルに事業を進めているが、サムははっきりとしたビジョンを持ちながら、日本市場に注目した。これからFTX Japanは、サムの強いリーダーシップの下に進んでいく。
私は大学時代に日本語を勉強した。特にことわざを覚えるのが好きだった。FTX Japanは始まったばかりだ。千里の道も一歩から。一歩一歩進めていきたい。
セス・メラメド(Seth Melamed)氏:カリフォルニア州ベイエリアで生まれ育ち、カリフォルニア大学(UC Davis)で日本語と国際関係学を学ぶ。その後、メリルリンチやゴールドマン・サックスなどの米金融機関で約20年勤務した後、2017年にLiquidに入社。COOを務める。
|インタビュー・構成・編集:佐藤茂、渡辺一樹
|フォトグラファー:渡辺一樹