暗号資産(仮想通貨)の価格は上がることもあれば、下がることもある。しかし、国境を越えるというかけがえのない力は、損なわれることはない。戦時にはなおさらだ。
ロシアが2月24日にウクライナに侵攻してから、世界中の政府や市民が武器や資金を送ってウクライナを支援している。集まった寄付の中でも、とりわけ注目されているのは暗号資産。現場で違いを生んでいると関係者たちは語る。
確実に届く暗号資産
分析企業クリスタル・ブロックチェーン(Crystal Blockchain)によると、5月中旬までに、1億3500万ドル(約182億円)以上の暗号資産がウクライナ支援に寄せられた。
ウクライナ軍に寄せられた法定通貨による寄付、5億7900万ドル(約782億円)に比べると少額に思えるかもしれないが、ウクライナに対する暗号資産コミュニティの支援は力強い。
ロシアが侵攻を開始する前、国境沿いに軍を展開していた頃から、世界はウクライナへの支援を続けていた。しかし砲撃が始まると、その熱意は飛躍的に高まったと語るのは、ウクライナ支援のための慈善団体Palianytsiaの共同設立者、アントン・コシェリエフ(Anton Kosheliev)氏。
コシェリエフ氏は、物流会社Jouleやコーヒー焙煎会社Marcoなど複数の会社を経営している。同じような志を持ったウクライナ人起業家たちとともにPalianytsiaを立ち上げ、200万ドル以上の寄付を集めた。起業家仲間の多くは、暗号資産コミュニティのメンバーだ。
「銀行経由の寄付も受け付けていた。だが、送金がうまく完了したのは全体の約70%」とコシェリエフ氏。多くの人が海外からの寄付を試みたが、多くの国ではウクライナを含む東欧地域は高リスク地域とされている。銀行はウクライナ向けの送金を特に厳しく審査するため、「多額のお金が我々のところまで届かなかった」。
ヨーロッパの人々は「ニュースを見て、郵便局に殺到し」、ウクライナ支援の物資を送ったとコシェリエフ氏は述べる。「戦争が集結するよう、誰もが何かをしようと考えた」。
コシェリエフ氏によると、1日にトラック30台分の支援物資が届くこともあった。それらすべてを分類し、必要とする人に届ける必要があった。Palianytsiaは、各地の市当局や病院など、送付先を大規模なところに絞ることにした。
「たくさんの衣料品が集まったが、分類が必要だった。たくさんのボランティアに集まってもらった。危険な地域にさえ、自分の車で支援物資を届ける覚悟を持った人たちだった」
コシェリエフ氏と仲間たちは大型倉庫を借り、ロシアと国境を接している東部に比べると砲撃を受ける可能性の低い西部の都市リヴィウに拠点を作り始めた。
「私たちは最初に、人道支援組織であって、軍事支援組織ではないことを確認し合った。リヴィウはウクライナとヨーロッパを結ぶ重要なハブであることを理解していたので、ウクライナ全土を支援するために、ここにインフラを整備する必要があった」
政府の取り組み
ウクライナ・デジタル変革省の副大臣、アレックス・ボルニャコフ(Alex Bornyakov)氏は「全業者の半分以上が暗号資産での支払いに同意した」と語る。デジタル変革省は、軍への非軍事的支援のための寄付金を集める「Aid For Ukraine」を立ち上げた。
ボルニャコフ副大臣によると、同省はウォレットに寄付を受け入れるわけでも、寄付金を使うわけでもなく、ボランティアの物資購入を支援している。ボランティアは、何をどこから買うべきかはわかっていても、資金が不足していることがあるためだ。
暗号資産による寄付は、ウクライナの暗号資産取引所Kunaに保管されている。公式ウェブサイトによると、ロシアによる侵攻が始まって以来、「Aid For Ukraine」に寄せられた暗号資産による寄付は6000万ドル(約81億円)以上。その内訳は、477ビットコイン(1430万ドル)、9587イーサリアム(1710万ドル)、そしてステーブルコインのテザー(USDT)、USDコイン(USDC)、ダイ(DAI)で990万ドル。他の暗号資産でも寄付が寄せられた。
大半は大口の寄付で、ウクライナ人やウクライナと取引していた世界中の起業家から寄せられたという。とはいえ、法定通貨による寄付の方が多く、暗号資産での寄付は全体の約40%だった。
武器の購入は、特別かつ厳格な条件のもとで行われるため、暗号資産で武器を購入することは不可能とボルニャコフ副大臣は述べる。だが、ドローンや防弾チョッキ、医薬品などを購入できた。
「暗号資産での支払いを嫌がる業者はいなかった。アメリカやヨーロッパでは今やきわめて当たり前になっている」
業者の中には、米取引大手のコインベース(Coinbase)にアカウントを開設して支払いを受け付けると語ったところや、個人のウォレットアドレスを指定してきたところもあったという。
取引所Kunaの創業者で、「Aid For Ukraine」の会計担当も務めるマイケル・チョバニアン(Michael Chobanian)氏によると、暗号資産による寄付の半分以上は暗号資産のままで使用された。
例えば、アメリカの業者は50万食分の糧食キットの代金を暗号資産で受け取った。防弾チョッキや暗視ゴーグル、照準器、偵察用ドローンなどの支払いにも暗号資産が使われた。
業者がウォレットや取引所アカウントを持っていない場合は、Kunaが暗号資産取引所FTXでの緊急認証の手続きをサポートした。FTXは「Aid For Ukraine」のパートナーとなっている。
しかし、法定通貨での支払いしか認めない「きわめて頑固」な業者もあり、その場合はFTXで法定通貨に交換したとチョバニアン氏は語る。
戦時DAOの難しさ
政府と直接連携していない小規模な慈善団体の場合、支払い方法として暗号資産を利用することは難しかったと暗号資産取引所Binaryx.comの創業者でアンチェーンファンド(Unchain.Fund)の共同設立者、オレグ・クルチェンコ(Oleg Kurchenko)氏は述べる。
アンチェーンは公式ウェブサイトによると、ビットコイン、イーサリアム、ステーブルコインなどで950万ドル(約13億円)以上の寄付を集めた。
アンチェーンは、自律分散型組織(DAO)のように機能している。寄付は、14のブロックチェーン上にあるマルチシグ・ウォレットに集まる。寄付を使うためには、10人の公表済みの署名者のうち、4人が承認する必要がある。
クルチェンコ氏によると、実世界のために、とりわけ戦時にDAOを運営することは難しい。必要とする人たちの間での寄付金の分配を完全にコントロールできる情報は存在せず、分散型の意思決定には時間がかかることもあるからだ。
アンチェーンは、ウクライナで活動するボランティアが食糧、医薬品、発電機、防弾チョッキなどの物資を購入することを支援している。ほとんどのケースでは、業者は法定通貨での支払いしか受け入れないため、アンチェーンがウクライナの暗号資産取引所のKuna、WhiteBit、Wield.moneyを使って暗号資産を換金している。
「暗号資産を受け入れる業者もいるが、珍しいケース。多くの場合、規制を理由に拒否される。例えばヨーロッパの業者の場合、税務申告などが問題になる」
アンチェーンはまた、ウクライナの銀行Unexと共同で、母親向けの独自のデビットカード発行を開始した。子供が1人いる場合、1週間に50ユーロ、2人なら75ユーロを受け取り、基本的なニーズを満たす足しにできる。現在の利用者は約6000人、給付は法定通貨で行われている。
ウクライナ人以外の人が混乱に乗じてカードを申し込もうとすることもあるが、申請者がウクライナ人かどうかを確認できるという。だがクルチェンコ氏は悪用を避けるために、身元確認プロセスの詳細は明かさなかった。
だがクルチェンコ氏は、確認プロセスは信頼をベースにしている面があると認める。人道危機のなかでは、支援を求める人すべてが本当に支援を必要としているかを検証することは難しい。
ロシアによるウクライナ侵攻から3カ月が経過した今、寄付は減っている。
「最初の2カ月は、支援はとても多かった。しかし今は少なくなってきている。戦争が日常の一部のようになってしまい、積極的に寄付を行う気分ではなくなってきている」
アンチェーンも資金が少なくなってきており、暗号資産の弱気相場も痛手となっている。
救急車や医薬品
コシェリエフ氏は「救急車が必要だったので、ヨーロッパ中を探して、倒産したイギリスの会社を見つけた。救急車が26台あったので、20万ドルで買い取った」と語る。
支払いは暗号資産で行われた。仲介してくれた男性が自分のウォレットで暗号資産を受け取った。彼がその後、法定通貨に換金した方法は把握していないという。
「送金先はその人物のコールドウォレットだった。暗号資産を換金する方法を見つけたと聞いた」。だが同氏によると、イギリス側で取引を仲介した人物は匿名でも取材に応じることを望まなかった。
救急車は現地の工場で検査と整備を受けた後、ウクライナ保健省に送られた。
応急処置キットや止血帯など、Palianytsiaが大量の購入支援を行う医薬品の販売業者の一部は、暗号資産での支払いを受け入れた。
「私たちに共感し、助けてくれようとしてくれた」。だが、そうしたケースはまれだった。
「暗号資産を受け入れる業者は、もっといるだろうと思っていた」。食糧や衣料品を輸入する会社を経営しているコシェリエフ氏は普段、トルコの会社とやり取りしており、トルコでは「どんな業者でも暗号資産をよく理解していて」、暗号資産を受け入れる可能性は高いだろうと語る。しかし、医薬品はそうはいかなかった。
ウクライナ国内では、業者は暗号資産を受け取ると、まず法定通貨に換金して、その後、現金として会計帳簿に記録するとコシェリエフ氏は説明する。海外では、取引相手が暗号資産を受け付ける場合はピア・ツー・ピア取引で、その後のことは相手次第だ。
さまざまな工夫
小規模な民間組織が自ら集めた暗号資産による寄付を使おうとする場合は、さまざまな工夫が必要になる。
軍や市民を支援するために物資を購入するボランティアは、ドルやユーロの現金、あるいは暗号資産に頼ることになる。民間銀行を使った国境を越えた多額の送金は、一般市民には不可能だからだ。
ウクライナ国立銀行は、キャピタルフライト(資本逃避)を防ぐために、ウクライナからの海外送金を制限しているとブロックチェーンスタートアップMadFish.SolutionsのCEO、マトビ・シボラクシャ(Matvii Sivoraksha)氏は語る(この制限は最近、緩和された)。
シボラクシャ氏はオランダの業者を説得して、偵察用ドローンの支払いを暗号資産で受け入れてもらった。法定通貨よりも簡単で、素早く済むからだ。
EUの銀行口座で合法的にビットコインをユーロに換金するには長い時間が必要だった。ドローン販売業者は法律顧問と相談し、暗号資産の受け入れを決めた。ウクライナでは「今、どんなボランティアや業者も暗号資産を受け入れるだろう」。
大手暗号資産取引所バイナンス(Binance)から50万ドルを受け取ったPalianytsiaは、その資金の大半の換金にバイナンスを利用している。ほとんどの場合、寄付金は法定通貨の形で使われるという。
コシェリエフ氏によると、暗号資産での寄付を換金する際は、Palianytsiaの運営ディレクターが自身のアカウントを使ってバイナンスで換金し、Palianytsiaに送っている。
Palianytsiaはまた、バイナンスと連携して、避難民向け暗号資産デビッドカードに取り組んでいる。Palianytsiaが暗号資産での75ドル相当の給付金を受け取る人の確認を行う。バイナンスによると、4月後半にプロジェクトがスタートして以降、Palianytsiaのボランティアは約1000人を確認し、給付を行った。
「チームは、シングルマザー、病気の人、少数民族など、最も弱い立場にいる人たちの身元を確認するために、現地での確認プロセスを整備した。より多くの人に、スピーディに支援を届けることを実現するための、チームやパートナーの不断の努力に感謝している」とバイナンス広報担当者は声明で述べた。
コシェリエフ氏は、ウクライナの避難所で避難した人たちと数回会い、バイナンスのモバイルアプリの設定をサポートしたと語る。同僚がその様子を動画で撮影していた。そこにはベンチに座って説明するコシェリエフ氏が女性たちに囲まれる姿が写っていた。
「友人は、私が女性にこれほど人気だったことはないと冗談を言っている」とコシェリエフ氏は笑った。
暗号資産は透明性を保ちつつ、個人が政府のコントロールの外で協調し支援するための方法を提供するとコシェリエフ氏は語る。
「私たちは政府よりもコミュニティを信頼している。コミュニティが人々の身元をチェックし、検証するサポートをしてくれる」
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Where the Coins Go: Inside Ukraine’s $135M Wartime Fundraise