トルネード・キャッシュへの制裁、湧き上がる疑問

暗号資産(仮想通貨)取引のプライバシーを高めるミキシングサービスを提供するトルネード・キャッシュ(Tornado Cash)は先週、米財務省の制裁対象となって注目を集めた。

暗号資産業界が、この制裁に従うことの意味を理解し始める中、そもそも規制遵守が何を意味するのかについて、疑問が浮き上がってきている。

Tornado.eth

背景

米財務省外国資産管理局(OFAC)は先週、トルネード・キャッシュと関連する40ほどのイーサ(ETH)およびUSDコイン(USDC)ウォレットを制裁対象とした。

なぜ重要なのか?

トルネード制裁の影響は、現在進行形で展開中だ。最初のショックが薄れた今、暗号資産の世界は真の影響がどんなものなのか、検討を始めている。

人々は、過去のどこかの時点でトルネードと関わりがあったかに応じて、分散型金融(DeFi)プロジェクトのフロントエンドとやり取りできる力を失ったり、再び取り戻したりしているのだ。もう触れることのできない、ロックアップされた資産について思いを馳せている人たちもいる。

詳細

先週末、米掲示板「レディット(Reddit)」を眺めていると、2つのスレッドが目に留まった。1つは、アーベ(Aave)の公式フロントエンドがアドレスをブロックしていることを茶化したもの。もう1つは、そのブロックを回避するために「ミラー」ユーザーインターフェイスを作ったとするユーザーによるものだ。

一方ツイッター上では、各企業の義務が何なのかについて、壮大な議論が巻き起こっている。フロントエンドは、トルネード・キャッシュのアドレスと関わりのあった可能性のあるあらゆるアドレスをブロックするべきなのか?それとももっと限定的に、制裁対象となったアドレスと直接関連する取引だけをブロックするべきなのか?

トルネード・キャッシュとその開発者たちのギットハブ(GitHub)アカウントは停止され、少なくとも1人の開発者が逮捕されたが、制裁はトルネードそのものに影響を与えているのだろうか?

まず、最後の疑問に答えていこう。制裁がトルネードの利用にどんな影響を与えているか興味を持ったため、ブロックチェーン分析のNansen.aiに聞いてみた。

Nansenのデータによれば、7月31日から8月6日(つまり制裁前)の間に、ユーザーがトルネードに送ったのは約2万6000ETH。取り出したのは約2万5000ETH。

8月7日から8月13日の間では、ユーザーが送ったのは約1万1000ETH(つまりこの数字は前週比で減少)で、取り出したのは4万9852ETH。ちなみに、トルネードが制裁を受けたのは8月8日。その日をはさんで、前週比での数字は2倍近く増加したのだ。

制裁前夜の8月7日が異様に忙しかった、という訳ではない。Nansenによれば、8月7日の流入量は2738ETHで、流出量は約1400ETHだった。一方、8月8日の流出量は1万3800ETHと、前日に比べてはるかに多くなっている。

さらに奇妙なことに、7日と8日の間で、流出量は1万5000ETHに達する。単独の新規ウォレットの1つが、約9500ETHを引き出しており、8日に約6時間にわたって、一連の取引で一度に約100ETHずつ引き出していったのだ。

しかもこれは、DeFiのフロントエンドがアドレスをブロックする中で起こっていた。しかしその後、いくつかのDeFiはそのブロックを緩めている。

暗号資産エコシステム全体で何が起こっているのかを、象徴するような事態だろう。トルネード・キャッシュは開発者がコントロールできないプロトコルであり、自立的に動くことのできるものだという議論がある。

アメリカを拠点にする組織や、アメリカで事業を行う組織は、トルネード・キャッシュのアドレスと関わらないようあらゆる努力をするべきだが、今すぐにトルネードとの関わりを止めるよう、全員に強制できる訳ではなさそうだ。

さらに、トルネードにアクセスできない人の中には、先週以前に合法な目的でトルネードを利用したアメリカの人たちも含まれる。米財務省が引き出しを許可しない限り、彼らの資産は永遠に動かすことができなくなるかもしれないのだ。

無実の人々

DeFiに関する教育活動を展開するDeFi教育基金(DeFi Education Fund)のミラー・ホワイトハウス-レヴァイン(Miller Whitehouse-Levine)氏は、これらの問題に対処するためのよくある質問と回答集を公開すること、トルネード・キャッシュを利用したことのある無実の人々が自らの資産を引き出すことを可能にする許可証を作成することを米財務省に求めるつもりだと語った。

「人々は、後悔するくらいなら安全策を取りたいと考えており、人々が安全を確保するために何をする必要があるかを説明する責任が、財務省にはある」と、ホワイトハウス-レヴァイン氏は指摘。「AML/CFT(アンチマネーロンダリング/テロ資金供与対策)の義務は、リスクをベースにしたものだ」と続けた。

先週の「ダスティング攻撃」は、制裁に関する明確さの重要性を浮き彫りにするものだろう。匿名のユーザーが9日、有名なイーサリアムアドレスに、トルネード・キャッシュからの取引を送りつけ、規制遵守の難しさを見せつけたのだ。

関連記事:「制裁対象のトルネード・キャッシュから匿名ユーザーが著名人にイーサリアムを送信──規制の混乱が目的か」

ホワイトハウス-レヴァイン氏によれば、受取手となったウォレットの保有者たちは、10日以内に取引をOFACに報告しなければならない。それでも、OFACがどのように反応するかはまだわからないのだ。私は、財務省は受取手に関してあまり気にしないのではないかと推測している。しかし、送り手の方は別問題だ。

暗号資産シンクタンク「コイン・センター(Coin Center)」のジェリー・ブリト(Jerry Brito)氏とピーター・バン・バルケンバーグ(Peter van Valkenburg)氏は、許可証のようなものが発行されない場合には、制裁に意義を申し立てることもできると指摘した。アメリカ国民の財産が一方的に、適正手続きなしで凍結されたのだから。

トルネード・キャッシュは個人や組織ではなく、プロトコルであるという事実が事態をさらに複雑にしている。

デジタルの権利やプライバシーを擁護する団体「電子フロンティア財団(EFF)」は、トルネードがオープンソースのソフトウェアプロジェクトであるという点を指摘し、今回の制裁を「懸念」しているとツイートした。

コイン・センターの方はもう一歩踏み込んで、法的な申し立てを行う可能性を示唆した。

「トルネード・キャッシュという存在とトルネード・キャッシュというアプリケーションをまとめて、どちらも制裁対象リストに加えることで、政府はアメリカ国民が特定のインターネットツールを使用するのを禁止したに等しい。しかも、その制限が解除されるという明らかな見通し抜きでだ」と、バン・バルケンバーグ氏とブリト氏は主張した。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Tornado Cash Sanctions Are Spiraling Into Compliance Nightmares