「みんなビットコイン投資しているから大丈夫」の根拠とは──投資に勝つために理解したい「同調圧力」【投資で勝つ心理学・第2回】

“みんな”に惑わされて投資した山尾さんの失敗

深夜2時、布団の中でスマホのチャート画面を見ながら、会社員の山尾さん(仮名、33歳)は絶望の淵にあった。数日前に買ったビットコインが下降を続け、たった数日で、給料数ヵ月分を失ってしまったのだ。

「これ以上失うのは無理」と山尾さんはビットコインをすべて日本円にした。100万円に近い額を失った山尾さん。幼いころから、「みんなと同じことをしていれば、間違いない」という考えの持ち主で、今回も「みんながビットコイン買ってるから間違いない」──そう思って買ったのだった。

話は数日前にさかのぼる。SNSでつながっている知人や、フォロワーの多い有名人がビットコイン投資を始めているようだ。「“みんな”始めているなら、きっと大丈夫」だ。山尾さんはそのままアプリをダウンロードしてビットコイン投資を始めた。

SNSに投資を始めたと書くと、早速「ビットコイン仲間ですね」と反応があった。その彼は元手を5倍に増やしたという。チャートは順調に上がっている。元手が小さいと効率が悪いと考え、思い切って100万円をビットコインに投資した。早く大きな利益を出してフォロワーに報告したい気持ちもあった。

数日後、ニュースで「ビットコイン前日比大幅マイナス」という文字を見かけ、震える手でチャート画面を開く。大暴落が起き、含み損は既に数十万円。深夜まで粘ったが、「上がれ」という祈りもむなしく下落する一方だ。結局2時間もしないうちに、損切りしたのだった。

冷静にチャンスを見極め、ビットコイン投資に成功した三島さんのケース

山尾さんのように失敗した人もいれば、未経験からビットコイン投資を始め、着実に資産形成できた人もいる。三島さん(仮名、31歳)は、山尾さんと同じようにSNSで「ビットコイン投資を始めた」という投稿を見て興味を持った。チャートは順調に上がっている。ふと「自分も今始めないと、乗り遅れるのでは?」と不安がよぎった。

しかし、不安に踊らされて投資を始めるのはよくないと考え、暗号資産を専門とするメディアでビットコインの情報収集を始めた。投資家やアナリストの分析を読み、今ビットコイン投資をスタートすると、高値づかみしてしまうリスクがあると判断。SNSでの盛り上がりをしり目に、自分は口座開設してチャートを見守るにとどめた。

そうして待ちわびた暴落のニュースが届いた時、「チャンス」と思い、反転し始めたところでビットコイン投資をスタート。チャートは順調に回復し、たった数日間で給料数ヵ月分の利益を得ることに成功した。

投資家の足かせとなる「同調圧力」とは?

山尾さんと三島さんの違いはどこにあるのか。

人間は社会的な生き物だ。他者の意見にまったく影響を受けずにいることは難しい。人間が他者の意見におのずから合わせてしまうことを、心理学で「同調」という。また、「無意識に周りに同調するよう自分で自分にかけてしまう圧力」のことを「同調圧力」と呼ぶ。

一般的に「同調圧力」というと、周囲が本人に同調を促すため、説得したり強要・プレッシャーをかけたりといったことをイメージするかもしれない。しかし、心理学の同調圧力はそれとは異なる。むしろ同調してしまう側の、無意識の心の働きを同調圧力と呼ぶ。

同調圧力は、さまざまな場面で私たちの判断に多大な影響を与えている。投資も例外ではない。無意識の同調圧力に屈することで、知らずに投資判断を誤ってしまうかもしれない。

密室で起こる奇妙な選択――3本の線の問題

同調圧力について理解を深めるため、社会心理学で有名な「同調実験」を紹介しよう。

実験ではまず、密室内に試験官と被験者複数名が集められる。しかし、被験者複数名のうち、本物の被験者は1人でそれ以外はサクラ(被験者のふりをした研究者)だ。試験官が実験開始を告げ、「見本と同じ長さの線は、ABCのどれですか」と質問する。

見本:────―

A :――

B :―─────────―

C :―────

答えは誰が見ても、明らかに「C」だ。しかし、順番に答えを聞かれた被験者以外のサクラは、みな「B」と答える。自分の順番になった時、被験者は正答である「C」を選べるのか、同調圧力に屈して「B」と回答してしまうのか。

実は、実験では多くの人が同調してしまうことが明らかにされている。このように、正答が明らかな場合であっても、同調圧力に抗うのは非常に難しい。

「同調圧力」で読み解く山尾さんの失敗理由

山尾さんの失敗理由を、同調圧力で説明してみよう。山尾さんは「ビットコイン投資を始めた」という複数のSNS投稿をみて、その意見に同調してしまった。

リアルな密室でなくとも、SNSなどのコミュニティにおいては、同調圧力が働くことがある。必ずしも全員でなくとも、本人が「“みんな”が〇〇をしている」と感じると、同調圧力の影響を受ける。

山尾さんは同調圧力によって判断がゆがめられたことに、最後まで気づけなかった。

「同調圧力」に気づくことが打ち克つための第一歩

私たちは日常生活で、「みんなの意見」を無視することはできない。しかし、それに影響を受けて自分の判断がブレないよう、注意することはできる。

まずは同調圧力について知り、自分の心に同調圧力が働いていることを意識することが、同調圧力に惑わされず正しい判断をするための第一歩だ。同調圧力に屈しないために、次のステップを踏むことが効果的だ。

1.他者(特に複数人)の意見を聞き、自分も同じ意見を持ちそうになった時、同調圧力が働いていることを意識する。
2.同調圧力が働いていることを踏まえ、あえて逆の選択肢をよく検討する。必要に応じて情報収集を行い、判断の根拠とする。

周りの意見に影響されることは、悪いことではない。しかし、周りの意見に流され、自分の判断力を磨くことを怠ると、仕事でも投資でも成功することはできない。易きに流されず、自分の心の動きを理解することに努め、判断力を常に磨くようにしたい。


【投資で勝つ心理学 全5回】

第1回 ビットコイン投資で“資産5倍”と“半減”──2人の投資家の明暗を分けた「確証バイアス」
第2回 「みんなビットコイン投資しているから大丈夫」の根拠とは──投資に勝つために理解したい「同調圧力」
第3回 「ビットコイン投資の大損は単なる不運」は本当か?──関心度で情報のとらえ方と行動が変わる
第4回 「負けが続いたから、次は勝つだろう」にひそむ罠──ギャンブラーの誤謬
第5回 行動にブレーキをかける「認知的不協和」──知らずにチャンスを逸失?

|文:木崎 涼
|編集:濱田 優
|画像:ibreakstock / Shutterstock.com