イーサリアムのアップグレード「EIP1559」について よくある4つの誤解

6月24日にマイニングが予定されているブロック「No.10499401」において、イーサリアムのテストネット「ロプステン(Ropsten)」で、後方互換性のないアップグレード「ロンドン(London)」が実施される。

イーサリアム開発者たちが暫定的に7月中旬に予定しているメインネットのアクティベーションに向けた、ロンドンの3つのテストネットリリースの第一弾が今回のものだ。

ロンドンに含まれるのは「Ethereum Improvement Proposals:EIP(イーサリアム改善提案)」と呼ばれる5つのコード変更である。6月18日のブログ記事の中で、イーサリアム財団のティム・ベイコ(Tim Beiko)氏はこう語った。

「(EIP1559は)ブロックヘッダーに変更を加え、新しいトランザクションタイプを追加し、新たなJSON RPCエンドポイントを備えている。さらに、いくつかのエリア(マイニング、トランザクションプールなど)において、行動(ビヘイビア)クライアントを変更する。各プロジェクトは、このEIPをよく理解することが大いに推奨される」

ロンドンに含まれる5つのEIPのうち、EIP1559はおそらく最も待ち望まれ、最も物議を醸すコード変更であろう。EIP1559によって、イーサリアム上で取引を送るための最低支払額「基本手数料」が導入される。これは、ネットワークアクティビティとブロックスペースに対する需要に基づいて動的に調整される料金だ。

EIP1559が最初に提案されたのは2年前の2019年。それ以降、その有用性や、エンドユーザー、マイナー、投資家への影響について誤解もあった。以下では、EIP1559についてよくある4つの誤解を取り上げる。

誤解1:EIP1559の狙いは、イーサリアムの高額な手数料を下げることだ


劇的に変動するイーサリアム手数料
出典:Coin Metrics

EIP1559の目的の中核は、取引手数料(「ガス代」と呼ばれている)のボラティリティを減らし、より予測しやすくすることだ。そのために、ブロックごとに最大1.125倍でコストを自動的に調整するアルゴリズムモデルを作成する。

イーサリアム上での手数料を決定する現行のブラインドオークションのようなシステムでは、暗号資産市場の価格変動によって、取引手数料は瞬時に変動する。EIP1559では、ブロックスペースの利用に基づいて、手数料が上下するように制御される。ブロックが規定の「ガスターゲット」を超えた場合には、基本手数料が12.5%増え、その逆もまた然りだ。

しかし、イーサリアムの手数料モデルの構造へのこのような変更は、イーサリアムでの取引手数料を減らすとは見込まれていない。手数料の高さは主に、ネットワークの取引処理能力が限られていることに起因する。EIP1559自体は、ネットワークが一度に処理できる取引の数には影響を与えない。

誤解2:EIP1559はイーサリアムの通貨ポリシーをより予想可能なものにする

 EIP1559によって、イーサ(ETH)の全体流通量からコインを永久に取り除く、手数料焼却メカニズムが導入される。基本手数料をイーサリアムマイナーに分配するのではなく、焼却してしまう理由は、マイナーが人為的にネットワークを混雑させ、基本手数料を高いままにしておくのに金銭的動機を与えないためだ。

この焼却メカニズムのために、EIP1559はイーサに投資する根拠の中で、ビットコイン(BTC)のように供給量が限定されているというナラティブを強める可能性がある。しかし、ネットワークアクティビティとブロックスペースに対する需要に基づいて基本手数料が動的に調整されるため、長期的にいくつのイーサが焼却されるかを予測することは困難だ。

ETHの供給量増加は理論的には無制限である
出典:Coin Metrics

EIP1559によって、ますます増加するイーサの供給量を相殺する仕組みが導入されるが、それによってイーサリアムの長期的通貨ポリシーがより安定することはない。むしろ、イーサの合計供給量が長期的にいくつになるかをコントロールすることが不可能になるため、ネットワークには不安定さがもたらされる。

誤解3:EIP1559によってイーサリアムマイナーはマイニングをやめ、ネットワークを攻撃する可能性が高い

EIP1559のアクティベーションによって、マイナーは収入の20〜35%を失うと推計されており、現状のEIP1559をロンドンアップグレードに含めるのを止めるようにと、マイナーたちから請願が行われてきた。

さらには、EIP1559の修正も提案されてきた。そのような提案には、基本手数料が焼却されないように変更すること、ブロック補助金などの別の手段でマイナーの収入を増やすこと、ネットワーク報酬をめぐるマイナー間の競争がより公平になるように、イーサリアムのマイニングアルゴリズムを変更すること、などが含まれている。

イーサリアムマイニングコミュニティのメンバーからの反対にも関わらず、EIP1559は7月に、イーサリアムのメインネットでリリースされる見込みだ。そこで、マイナーはマイニング装置をシャットダウンし、ネットワークのセキュリティを弱体化することで、ロンドンに抵抗することができるのかという疑問が浮かぶ。

可能ではあるが、EIP1559のアクティベーションを理由に、マイナーの大半が離脱したり、イーサリアムを妨害する可能性が低い理由は数多くある。最も大きな理由の1つは、機器をアップグレードし、マイニングを続けた場合に獲得できるはずの報酬を諦めなくてはならなくなるからだ。

さらには、イーサリアムが来年初期に、プルーフ・オブ・ステーク(PoS)コンセンサスプロトコルに移行したら、マイニング報酬は完全に得られなくなり、それまでに残されたマイニング期間は限られているという現実もある。

誤解4:EIP1559は、イーサリアムのMEV問題を解決する

イーサリアムにおけるマイナー収益はこれまで、固定のブロック補助金と、取引手数料から構成されていた。しかし、分散型取引所(DEX)における高頻度取引の人気が増しているため、MEV(マイナー抽出可能価値)からのマイナー収入はますます儲かるものとなっている。

研究開発組織のフラッシュボッツ(Flashbots)は、MEVからの1日の収入は、年初の50万ドルから、6月には600万ドルを超えるまでに増加したと推計している。

DEXにおける高頻度取引がマイナーのMEV収入を押し上げた
出典:MEV-Explore Flashbots

MEVとは、ブロック内でトランザクションをオーダーできる能力の直接の結果としてマイナーが獲得できる収入のことである。ブロック内で特定のトランザクションを再オーダーしたり、トランザクションを組み込んだり、検閲することによるマイナー収入は、ユーザーがイーサリアム上で別のユーザーやアプリケーションとやり取りする度にいつでも発生するため、MEVを数値化することは困難だ。

EIP1559によって、マイナーがユーザーからMEVを抽出する方法として取引手数料に頼れる度合いは減るが、マイナーがトランザクションをオーダーし、他の手段を通じてMEVを獲得する力は、EIP1559のもとでも変化しない。

EIP1559のアクティベーション後もMEVの研究開発が引き続き必要になるとして、ファラッシュボッツのリサーチャー、フィリップ・ダイアン(Philip Daian)氏は5月、イーサリアムカンファレンスの場で次のように語った。

「(ブロックに)組み込むために人々が支払うトランザクション手数料は実際には、最終的なMEV市場に占める割合は非常に小さい。(中略)根本的には状況は変わらず、より深いプロトコルレベルでの軽減は、まだ私たちが検討していないものだ」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:4 Common Misperceptions About Ethereum’s EIP 1559 Upgrade