ネット証券は踊り場、手数料ビジネス・ブローカーモデルからの転換を目指す──マネックス証券・清明社長

マネックスといえば創業者の松本大氏が率いている印象が強い。だが実際は、2019年にマネックス証券の社長に就任した清明祐子氏が、20年1月にはマネックスグループの代表執行役COOにも就き、証券、暗号資産のコインチェック、米国のトレードステーションを含むグループを着実に成長させている。清明社長に2020年を振り返り、21年以降の展望について聴いた。

ブローカーモデルからアセットマネジメントモデルへの転換

──2020年を振り返ってどんな年でしたか?

2020年はコロナ禍の年でしたが、ネット証券の業績はどこも良かった1年でした。多くの人が将来のことを考え、働き方、生き方、お金との向き合い方とか考えるきっかけになったからでしょう。

当社としては新しいサービスを出したり大きな開発をやり遂げたりと動きのあった年でした。働き方についても、「金融機関はリモートワークが進んでいない」などと言われましたが、早くから働き方改革に注力していたのでスムーズに移行できました。もともと対面の営業がほぼないこともありますが、4月に緊急事態宣言が出てすぐリモート率は60%ほどに達していました。

商品・サービス面では、6月に公募投信の「マネックス・アクティビスト・ファンド(愛称:日本の未来)」の募集を開始しました。これは対象企業に、目的を持った対話や提案をして、企業価値と株主価値の中長期的な向上を目指そうという商品です。運用はマネックス・アセットマネジメント、投資先のマザーファンドにはカタリスト投資顧問が助言し、当社が販売します。マネックスグループの3社が総力を結集したファンドというわけです。

マネックス・アクティビスト・ファンド

マネックス・アクティビスト・ファンド設定の背景には、当社がブローカーモデルからアセマネモデルへの転換を進めていることがあります。もともと証券会社は投資家と取引所をつなぐブローカーとして、取引をしてもらって手数料をいただくモデルでした。ただ手数料が低くてても、投資家の皆さんが繰り返しトレードして肝心の資産が減ったら意味がありません。お客様の資産が増えて、増えた分から報酬をいただくのが一番で、そのためにはお客様の資産に対するサービスに注力しようというのがアセマネモデルです。

とはいえ、機関投資家は直接会社と対話したり、一定のポジションを持ったりして影響力を行使できますが、個人投資家の多くは株式市場で株価の動きを見ているだけ。そこで個人のお客様の声も届けて、資本市場の活性化につなげたいと考えたわけです。資産を増やすのに待つだけじゃなく、一緒に働きかけていこうと。

創業から20年超、追う立場だったネット証券がこれから目指すべき姿とは

──いまや口座開設数でも対面証券よりネット証券が多い時代です。誕生した頃と異なり、ネット証券も追う立場から追われる立場になったと思います。そうした時代の変化をどうとらえていますか?

これまでの20年を振り返ると、まず1999年にマネックス証券ができ、最初の10年は同業他社を買収して企業規模を拡大した。その後、米国のトレードステーションを買収するなど証券業のグローバル化を図ってきました。そこからブロックチェーンの出現・暗号資産・仮想通貨のマーケットの拡大を契機に2017年、「第二の創業」を掲げ、翌18年にコインチェックを迎えました。創業当時は「インターネットって新しいよね」という時代だったのが、その後スマホなどが生まれて、顧客体験が大きく変わった20年だったと思います。

そして今、ネット証券も踊り場にあると思います。最初は対面証券のお客様がネット証券に移ってこられて伸びたわけですが、投資全体のパイは大きくなっていない。日本で投資信託で資産形成している人は1000万人に満たない程度です。1900兆円の個人金融資産のうち、1000兆は現預金といわれます。貯蓄から投資、資産形成への移行は進んでいない。本当はもっとパイを大きくできるのではないでしょうか。

人生100年時代と言われ、年金2000万問題が騒がれ、さらにコロナ禍で将来に対する不安が大きくなった今、ちゃんと資産運用して、真剣に一人ひとりの資産をどうやって増やすかを、証券会社がお客様、投資家も巻き込んでいく世界をつくりたい。

そこで大事だと思うのが、投資家と近くいることだと思います。いろいろな商品やサービスを提供しても、お客様に届かないと意味がない。たとえばいくら便利なツールや商品を提供しても使われないと意味がありません。そして今、DX、AI、ビッグデータの時代といわれますが、データだけ見ていても新しいサービスは絶対に生まれない。そこには気づきが必要で、それはお客様から得られるものだと思います。デジタル社会だからこそ、金融はお客様に近い存在でないといけない。

私達はネット証券の中でも比較的顔が見える証券会社だと思っています。ネット証券のイメージって、「安くて商品がいっぱい置いてある場所」かもしれませんが、私達ってもう少し近い位置で、寄り添っているという自負があります。それをもっと進めていきたい。

たとえば今年は「ferci」(フェルシー)というSNS型のスマホ投資アプリを出しましたが、これは20代の管理職を中心にチームをつくって任せました。金融業界の長い私達年長者が作ると面白くないアプリになってしまう。一般の投資家に意識の近い、若い人たちがつくることで、新しい感覚を取り入れて、お客様に支持されるような楽しい金融を実現したい。

SNS型投資アプリ「ferci」の紹介ページ

──御社は、投資家用のアプリ・ツールで定評があるものを多数お持ちという印象です。

たしかに独自のツールもたくさん開発してご支持はいただいています。費用がかかりすぎているとご指摘いただきますが(笑)。これからは、「便利なツール・商品を作ったから好きなのを選んでください」ではなく、もっと進めて「あなたにはこれがいいかもしれません」とちょっと手を差し伸べるところをやりたい。ネット証券というより従来の対面証券的かもしれませんが、ハイブリッドでやっていきたい。

──若手中心のグループを作られたとのことですが、組織運営の観点から注意していることは?

当社は創業者・松本大のイメージが強いと思います。私は2019年4月に社長に就きましたが、「松本大のマネックス」から「私たちのマネックス」にするのがミッションかなと思っていました。そして今では、これをさらに進めてお客様を巻き込み、「みんなのマネックス」にしたいと思っています。

その上で大切にしているのは、仕事がわくわくするものであること。私達は2018年から新しいブランドスローガンとして、「For Creative Minds」を掲げています。お金のあり方や、経済活動が大きく変わる中で、金融の意味や私たちがすべきことは大きく変わってきています。そんな時代に私達が持つべきは、想像力と創造性、そして多様性です。そうした心構えを持ち、松本自身もそうだったように、やりたいことを楽しんでやる人がたくさんいる会社にしたいと思っています。

グループの暗号資産ビジネスの現状・コインチェックがグループ入りした意義

──暗号資産・ブロックチェーン分野についてはどううかがいたいと思います。コインチェックはUI/UXを含めてクリプト投資家からの支持率が高いようです。

マネックスグループとしては2018年にコインチェックを買収しました。コインチェックのようなサービスは、金融業界・証券業界の発想からすると作るのが難しいと評価しています。サービスの内容や展開の仕方が、既存の規制業種である金融業者にはない、より顧客に近い、投資家のニーズにこたえようという発想からできたものだと感心していました。

最近では、オルトコインの取り扱い(取引所への上場のこと)を増やすだけでなく、バーチャル株主総会運営支援サービス「Sharely(シェアリー)」を始めるなど、進化し続けている。そういうサービスや新しい考え方が、コインチェックだからこそ生み出せると考えているから、グループで一緒になっているわけです。マネックス証券に限らず20年以上存続しつづけると、どうしても動きが鈍くなってくるので、彼らのスタートアップならではスピード感は刺激になります。

Sharelyの仕組み(コインチェック株式会社)

コインチェック以外でも、アメリカのグループ会社トレードステーションがTradeStation Cryptoという暗号資産のプラットフォームを作り、最近ではレンディングビジネスを始めています。マネックス証券も暗号資産CFD(マネックスビットコイン)を2020年7月に始めました。マネックス仮想通貨研究所(大槻奈那所長)は暗号資産についてのグローバルな分析を披露して提供したりしています。

あと「Cheeese」(チーズ)というポイ活アプリで、アンケートに答えたりするとビットコインがもらえるというようなサービスもグループ会社で提供しています。気軽に金融サービスに付き合えるようにしようというコンセプトです。マネックス証券でもマネックスポイントを暗号資産に交換できるサービスをやっています。

アンケート回答のほか、Cheeese(チーズ)経由で買い物をするとビットコインがもらえる

2021年は飛躍するフェーズ

──口座数も増え、業績が好調だった2020年を経て、2021年はどんな年にしたいですか?

今年(2020年度)の第2四半期の決算では、日本、米国、暗号資産──マネックス証券、トレードステーション、コインチェック──がバランス良く利益を上げることができた。ビジョンを掲げてやってきたこの20年がようやくバランスよく育ってきました。

2021年はこれまで培ってきた基盤を活用して次のステージに大きく踏み出すフェーズととらえています。システムの内製化も大きなプロジェクトが終わったので、APIを使って外部との連携を広めていきたいですし、マネックス・アクティビスト・ファンドに参加したいという投資家を増やして結果を出していきたい。また、強みがある米国株サービスをさらに強化したい。これまでに整えてきた環境や商品・サービスラインアップを使って、さらに投資家に寄り添える存在になりたいと考えています。

マネックス証券社長,清明祐子氏
(せいめい・ゆうこ)マネックス証券代表取締役社長、マネックスグループ代表執行役COO。2001年京都大学経済学部卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。マネックス・ハンブレクト、マネックスベンチャーズなどの代表も歴任。現在、TradeStation Group, Inc.の取締役も務める

インタビュー・構成:濱田 優|
写真:森口新太郎

【訂正】暗号資産CFDの開始時期を2020年4月から2020年7月に訂正しました。