「リブラはWindows 95かもしれない」ビットフライヤー・加納氏がリブラに見る夢

フェイスブックが中心となって2020年上半期に運用が始まるとされる新しい仮想通貨(暗号資産)リブラを巡って、世界中の規制当局や中央銀行を巻き込む議論が始まっている。

リブラの誕生は、日本を含む社会にどんな影響があるのだろうか。

黎明期から仮想通貨に関わり続ける、bitFlyer Blockchain(ビットフライヤー・ブロックチェーン)の加納裕三社長に聞いた。


──日本への影響をどう考えていますか?

加納裕三氏(以下、加納):(リブラ協会の)メンバーには当初100社が入るとホワイトペーパーに書いてあります。いま約30社が決まってますから、残り70社の枠があります。日本のアロケーション(割り当て)がどのくらいになるかは分かりませんが、通貨として円が入っていますから、日本の会社が入ってもおかしくないんだろうと推測しています。リブラ協会がどう考えているかは知りませんが。

リブラ協会は、参加基準を明確にしています。規模としては「複数国に対するリーチが年間2,000万人を超えること」。企業の価値については「市場価値が10億米ドル超、または顧客残高が5億米ドル超であること」といった基準があります。これを見る限り、大きな会社しか入れません。

さらに、メンバーはブロックチェーンの合意形成を担う「バリデータノード」の運営もしますから、技術的な運営体制も求められています。世界中に分散するネットワークが想定されているため、1つのバリデータノードがきちんと機能しないと、取り引きの処理が遅延するなど、世界中に迷惑をかけてしまう。メンバーになりたいのなら、ブロックチェーンの運営に支障のない態勢をつくる必要があります。

リブラのホワイトペーパーより。

コンビニで買い物

──リブラは決済の基盤になっていくと考えますか?

加納:少なくとも100社がメンバーになり、ノードが世界中に分散することが想定されています。これは我々の経験からもいえることですが100以上のノードが分散してトランザクションを処理するシステムには、物理の壁があると考えています。

光の速さは秒速約30万キロ、地球は1周約4万キロです。ノードの数が多すぎて、コンセンサスをとるのにどうしても時間がかかってしまいます。

日本からアメリカまでの距離は約1万キロです。仮に、100カ所のノードがそれぞれ1万キロ離れているとすると、ひとつ一つのノードがコミュニケーションを取るたびに30分の1秒の時間がかかります。30分の1秒ではコンセンサスが取れず、1秒かかってしまうかもしれません。

現実の決済の場面を考えると、コンビニで買い物をしたときに、決済にリブラを使うと、レジでQRコードを読み込んでから、処理が終わるまで2〜3秒かかるということになります。

仮に、コンビニで3秒待たされるのは許容できるとしても、駅のゲートを通るのには2〜3秒待つのはありえません。とすると、個人間の送金、企業間の送金、コンビニの買い物では使えるけれど、交通系の決済システムとしては、難しいということになります。

でも実は、駅のゲートの決済の処理は、その場でサーバーと通信をしているわけではありません。カードと改札機の間でいったんカードの残高確認と乗車記録のみ行っています。乗客1人がゲートをくぐるたびに、サーバーと通信をしていたらゲートは通れないはずです。

これはリブラにとっても示唆に富んだ方式だと思います。特にブロックチェーンでは公開鍵暗号をベースとしておりその都度署名を行うことができるのでより安全なシステムが構築できると思います。

このほかにもサイドチェーンなどブロックチェーンの処理速度が遅いという課題を解決する技術も出てきているので楽しみですね。

リブラとイーサリアム

──リブラ協会のメンバーには、アメリカを中心にそうそうたる企業がメンバーに名を連ねました。どんな特徴がありますか?

加納:リブラのすばらしいところは、仮想通貨のガバナンスを解決したところだと思っています。

例えば、世界中のさまざまなネットワークを考えたときに、システムが中央集権か非中央集権か、組織が中央集権なのか非中央集権なのかで分類することができると思います。

システムも組織も中央集権的な運用ををしているのが、全銀ネットや、国際送金を担うSWIFTです。

中央集権的な組織が非中央集権的なシステムを使っている例は、大企業が分散ネットワークを運用する例を考えればいいでしょう。オラクルのRACや、企業が企業内でブロックチェーンを運用している例などが挙げられます。

ビットコインやライトコインといった仮想通貨は、システムも組織も非中央集権です。すでに、何度も問題点が明らかになっているように、システムの使用を変更しようというときに、組織も非中央集権なので、なかなかコンセンサスが形成できない。

ビットコインから分かれてビットコインキャッシュができたように、ハードフォーク(分岐)をせざるを得ません。

組織だけやや中央集権的にしたのが、イーサリアムです。イーサリアム財団という組織がありますが、比較的まとまりがあって、システム変更をするときも、ハードフォークが起きにくい。

リブラのガバナンスは中央集権に近いといころがあります。システムは非中央集権で、組織は中央集権です。リブラ協会は、イーサリアム財団に近いところはあるようです。

リブラは、システムの合意形成は全体の3分の2の多数決で決めます。これは、数学的にも証明されているものです。一方で、組織の合意形成も3分の2です。フェイスブックもリブラ協会のいちメンバーに過ぎないという点にも、特徴があります。

2019年7月、都内で開かれた記者会見で話す加納氏。

──通貨バスケットという手法を採用していますが、仮想通貨としてのリブラの特徴をどうみますか?

加納:価格が変動しにくいステーブルコインと言われていますが、ステーブルコインと呼べるのかどうかわかりません。

IMF(国際通貨基金)に、SDR(特別引出権=Special Drawing Rights)という仕組みがありますが、リブラはSDRに似ているなと思っています。

SDRは、米ドル、ユーロ、日本円、中国元など5通貨のバスケットになっています。日本もIMFに資金を拠出しています。

たとえば、日本が通貨危機になったとき、円安ドル高になります。1ドル1万円になったら、日本はドルを調達できません。しかし、このときに特別引出権を使うと、ドルがもらえる。

国としては、通貨危機が起きる前に使える、最後の最後の切り札のようなものです。リブラはSDRにすごく近い。

ステーブルコインは米ドルと連動させますが、通貨バスケットの中にある各通貨の価値の平均値がリブラの価値になりますから、ある程度、価格は動くでしょう。

リブラを持っていくと、バスケットの中の通貨と交換してもらえますが、そのファンドにアクセスできる人は限られています。認定再販業者と呼ばれていますが、この認定業者になることが非常に重要でしょう。このファンドにアクセスできないと、ビジネスは非常にやりづらいものがあります。

ビットコインより怖い存在

──世界中で、リブラの規制をめぐる議論が起きています。

加納:技術、ガバナンス、ビジョンも素晴らしいですが、彼らが越えないといけないハードルは、法律と世論、議会だと思っています。

第一印象で、強い反発も起きています。でも、起業家のぼくからすると、こういう反応ってすごくいいと思うんです。

ディスラプティブ(破壊的)なテクノロジーが出てきたときは、いつもこの感じです。理解できないものがでてきて、なんか怖いから、世の中の通貨制度が全て崩壊してしまうと考えてしまう。

でも、こういう反応がないと、大きな変化は起きません。今後、サポートする政治家も、サポートしない政治家も出てくるでしょう。

ビットコインのときも、似た反応がありましたが、なんだかんだ言って認められてしまった。無視できない規模にまで成長したので、認めざるを得なかったのかもしれません。

ビットコインとリブラが大きく異なるのは、リブラが現実の通貨を扱うことです。そうなると、各国の中央銀行としては、ビットコインよりも怖い存在かもしれません。

規制をめぐる議論の中で、リブラの立ち上げをあきらめざるを得ない状況がないとは言えないと思っています。

マネーロンダリングに使われるんじゃないかという議論もありますが、現金もマネーロンダリングには使いやすい。

今後決まっていくのだと思いますが、本人確認をきちんとやらないと、リブラは成り立たないとは思います。

ビットフライヤーはリブラ協会メンバーになるのか

──リブラのホワイトペーパーでは、銀行口座を持たない人たちに金融サービスを届けるという理念が強調されています。

加納:国際機関の会議などに行くと、フィナンシャル・インクルージョン(金融包摂)が、バズワードになっています。

アジアやアフリカの途上国では、銀行口座を持っている人は限られています。そういう人たちに適切な金融サービスを提供しようというコンセプトです。

コーヒー豆は、国際的な流通の過程で、間に入る人がたくさんいます。間に入る人がたくさんいると、少しずつ手数料などが取られます。そうなると、コーヒー豆には100の価値があるとしても、現地の生産者の手元に残るのはごくわずかになってしまう。

リブラは、末端の人々に適正なお金が届くようにするという役割もあるのかもしれません。

記録がブロックチェーンに残りますから、スマートコントラクトと組み合わせれば、透明で健全な金融マーケットがつくれるのではないかと、大変期待をしています。

リブラが広がっていけば、フィナンシャル・インクルージョンにつながるのではないかと思っています。貧富の差の削減にもつながるかもしれません。

リブラは、フィアット(法定通貨)と仮想通貨の間の橋渡し役になるのではないかとも考えています。

既存のフィアット(法定通貨)を覆すことにはならないと思いますが、リブラが国際通貨になったとします。ネット上でデファクトスタンダードな通貨になったとすると、リブラとイーサを交換するとか、リブラとビットコインを交換するとか、仮想通貨を買うためのツールにも使えるんじゃないかと思います。

仮想通貨で資金調達をするICOをするときに、リブラを受け取って、それを法定通貨に換金するとか、リブラで給料払いをするとか、そういった使い方も考えられます。

そうなれば流動性を増して、価格の変動を抑えることができるかもしれません。

──リブラは広く一般に使われるようになると思いますか?

加納:リブラの運用が始まるときが、本当にパラダイムシフトだと思っていて、インターネットが出てきたときの衝撃に近いものがある。

「Windows95」は、パソコンの爆発的な普及のきっかけになりました。リブラがうまくいけば、Windows95が出てきたときぐらいのインパクトがあるかもしれません。そうなると、いろんな金融サービスにパラダイムシフトが起きるのではないでしょうか。

──やっぱり、メンバーや認定再販業者になりたいですよね?

加納:ノーコメントです。

インタビュー・文・写真・構成:小島寛明
編集:佐藤茂

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